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紅茶の歴史3:イギリスにおける紅茶普及のきっかけとなったギャラウェイの宣伝手法

オランダで流行し、イギリス王室で流行した紅茶が、イギリス国内で商品として広まりを見せはじめたのが、1650年代。
その火付け役となったのが、当時イギリスで初めてオープンしたコーヒーハウス「ギャラウェイ」です。
のちに紅茶の本場となるイギリスで、どのように普及されていったのでしょうか。

コーヒーハウスから始まる紅茶のイギリスデビュー

1650年代のイギリスでは、コーヒーハウスが流行し始めていました。
そんな折、1657年に初めてイギリスで紅茶を販売したのが、英国人のトーマス・ギャラウェイが手がけるコーヒーハウス「ギャラウェイ」でした。
その価格は、1ポンド(約454g)当たり6〜10ポンドだったのですが、これは現在でいうと約6〜10万円程度にもなる金額。茶は非常に高値で販売されていたのです。
オランダで茶が貴族や富裕層に親しまれていたように、その希少性からイギリスでも庶民が飲むのは難しく、コーヒーハウスにやってくる、弁護士や医者、学者など中流以上の男性たちが集う社交場だったといわれています。

茶の効能で訴求するギャラウェイの宣伝手法

コーヒーハウス「ギャラウェイ」
茶を宣伝したいとき、普通は味や香りをアピールするというのが定番ではないでしょうか。
でも、この時代のお茶は上述の通り、非常な高価なものでした。
そんな状況を理解していたギャラウェイは、茶の効能を訴求して、富裕層にアピールしたのです。
「紅茶はただの飲み物ではなく、身体に良い紅葉のある東洋の秘薬」といったかんじでしょうか。

実際の宣伝内容

実際にギャラウェイの店主が1660年に発表したポスターは、20項目にも及ぶ茶の効用を書き示したものだったのです。
その内容は、東洋の茶は高価なものであり、そして、その茶を飲めば健康の維持と長寿が実現できるということを伝えるものでした。
また、頭痛や不眠、胆石などをはじめ、さまざまな効能が記されており、万病に効くと紹介されていました。

このように、ギャラウェイをきっかけに王室からイギリス国内の富裕層広がった紅茶。
次は富裕層から大衆にどのようにひろがったのかをご紹介します。

モンベル(mont-bell)

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