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紅茶の歴史5:茶と酒を愛した女王 クイーン・アン

イギリスの茶文化を広めるきっかけをつくったのは以前ご紹介した王妃キャサリンでしたが、宮廷において茶の存在を確固たるものにしたのが、1702年に即位したアン女王でした。

このアン女王は政治面ではあまり能力が認められることはなかったといわれていますが、茶文化においては大きな軌跡を残しています。

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紅茶をイギリスに定着させたクイーン・アン

彼女が即位したこの時代はグルメで知られており、すでに茶が貴族の間で浸透しはじめていたのですが、その中でも積極的に客へ茶をふるまうよう務めたのがアン女王。

アン王女の紅茶好きは、洋梨型の銀の茶道具(ティーポット)を特別に創作させたり、ウインザー城の応接間にティーテーブル付きの「茶室」まで作ってしまうほど。

美食家で知られ、憧れていたアン女王のこうした活動によって、茶はますます貴族たちの憧れとなり、国内に定着していったのでした。

「ブランデー・ナン」としての一面も

アン女王は、酒を愛した女王としても有名です。酒に浸るその生活から「ブランデー・ナン」と呼ばれるほど。

アン女王が酒に頼るようになった理由は、夫のであるプリンス・ジョージとの間に生まれた子供たちにあるといわれています。女王は14人もの子どもに恵まれたにもかかわらず、10歳まで成長したのはたった一人。うち9人は死産、4人は生後半年までに死亡してしまったため、子どもへの王位継承が叶わなかったのでした。

女王として、そして母としての自分を責めたアン女王は、酒でその苦しみを紛らわせていました。彼女の酒に溺れる日々に対し、こんな言葉が残されています。「ブランデー・ナン、窮地に目を向けず、顔は酒場、背は聖堂に」。寺院に足しげく通いながらも酒を愛したアン女王への皮肉でした。

アン女王の絵に残された茶への想い

ブランデー・ナンと呼ばれながらも、茶も愛したアン女王。夫のジョージと仲睦まじく茶を飲む姿を描いた絵画も存在しています。もし子どもたちが健康だったなら、その絵のなかに子どもたちの姿も描かれていて、幸せのシンボルとなっていたはず。数奇な運命を背負いながらも茶の価値を確かなものにしてくれたアン女王の活躍は、いまもこうして語り継がれているのです。

フォートナム&メイソン「クイーン・アン」

ちなみに、英国王室御用達のフォートナム&メイソンの「クイーン・アン」は、彼女の名前を冠してつけられたコクと深みのあるアッサムのブレンドの紅茶です。

紅茶の歴史4:英国紅茶の生きる歴史「トワイニング(twinings)」のご紹介

和歌山県白浜地磯・大崎の風景

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